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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)362号 判決

控訴人 鈴木[禾農]

被控訴人 青森地方法務局長

訴訟代理人 滝田薫 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の抹消登記無効確認の請求を棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。(一)被控訴人が昭和三一年八月二七日付で控訴人の青森地方法務局深浦出張所登記官吏安田長之進の処分(右登記官吏が原判決添附別紙目録記載の土地の所有権移転登記請求権保全のための仮登記抹消通知に対する控訴人の異議申立を却下した処分)に対する異議申立を却下した処分を取り消す。(二)被控訴人は控訴人に対し右目録記載の土地につき右登記官吏が昭和三一年七月九日なした抹消登記の無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」と判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた(右(二)の請求については請求棄却の判決を求める趣旨と認める)。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、

控訴代理人において

一、本件久六島については内閣総理府が昭和二八年一〇月五日付告示第一九六号をもつて「昭和二八年一〇月一五日から久六島(北緯四〇度三一、東経一三九度三〇附近にある島しよをいう)を青森県の区域に編入することを定めた。」旨の告示をし、次いで青森県西津軽郡深浦町議会は昭和三〇年八月一一日「大字久六字久六」の設定決議をし、更に青森県議会は同月一七日これを深浦町へ編入する。」旨の決議をし、青森県知事は内閣総理府へその旨の届出をし、これに対し内閣総理大臣は昭和三一年九月一五日「右編入処分は昭和三一年九月二〇日からその効力を生ずる。」旨の告示をした。そして国は建設省名義により本件久六島と目される西津軽郡深浦町大字久六字久六一番地雑種地三畝五歩、同所二番地雑種地二三歩、同所三番地雑種地二三歩につき昭和三一年九月二五日受付第五九六号をもつて所有権保存登記を経由したのである。

二、ところが青森地方法務局深浦出張所登記官吏安田長之進は前記の経過より久六島については事実上管轄権があること、従つて己れが職権で本件仮登記の抹消登記手続を完了すれば、やがて内閣総理大臣が前記のような編入告示をなすべきことを知りながら、全く形式的に控訴人従前主張のような経過で同仮登記の抹消登記処分をしたのである。

三、そうすると控訴人のなした仮登記は結局事実に符合する適法なものであるから、無管轄の故でなした右抹消登記処分は違法たるを失なわない。仮に処分の当時法的には無管轄であつたとしても前記登記官吏は事実上管轄権のあること、しかもやがてそれが法的にも確定することを知りながら後記のような国の不当な権力におもねつて敢えて無管轄の故で右抹消登記処分をしたのであるから、同処分はその点でも違法である。従つて同様敢えてこれを維持してなした被控訴人の本件却下処分も同様に違法であり、取消を免れない。

四、元来本件久六島は青森県艫作崎より十数里沖合の公海内に存在する大小三つの岩礁より成るもので、領土としてはもちろん、所有の帰属の定まらないいわゆる無主物である。控訴人はこれを先占により取得し、最も領海に近い、かつては深浦町の地籍として、また管轄権ありとして所有権取得登記をしたことのある青森地方法務局深浦出張所へその登記を請求し、保全の仮登記を得たのである。ところが前記登記官吏は控訴人の右所有権を奪わんとする国の不当な権力におもねり久六島に対する控訴人のこの実体関係を無視し、単に形式的な違法、錯誤を理由に右仮登記の抹消登記を経由し、よつて前記のごとく国をして建設省名義の所有権保存登記を了せしめた。かような実体関係を無視した抹消登記は当然無効であるから、その無効確認を求める。

と述べ、被控訴代理人において

一、控訴人主張の前記一の事実は認める。

二、同二、三の事実は争う。深浦出張所登記官吏のした本件仮登記の抹消登記処分並びに被控訴人がした本件却下処分がなんら違法のものでないことは従前主張のとおりである。すなわち行政上の処分はすべてこれを行うにつき事物上、地域上の管轄権を有する行政機関によつてなされない限り当然に無効のものというべきであるから、本件久六島に対する仮登記も地域的に管轄権のない深浦出張所によつてなされた以上当然無効めものであり、従つて登記官吏は不動産登記法第一四九条の二及び五により職権によつてこれを抹消しなければならないものである。さればこれを抹消した本件登記官吏の処分になんら違法はなく、従つてこの抹消処分に対する異議を却下した被控訴人の処分にも違法のかどはない。のみならず本件仮登記抹消処分、異議申立却下処分当時には久六島に対する所属編入処分は未だ効力を発生せず、深浦出張所がその登記関係につき、地域的に無権限であつたことは本件仮登記申請及びその手続当時と全く異らなかつたのであつて、右処分後に同出張所に管轄権が発生したからといつて、これによつて仮登記等が遡つて適法ないし有効となるいわれはないのであるから、前記登記官吏のした右仮登記抹消処分、従つて被控訴人のした本件却下処分の効力に消長のあるべきはずはない。

と述べ、

たほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

証拠〈省略〉

理由

第一、控訴人の異議申立を却下した処分の取消を求める請求についての判断。

この点については当裁判所は次の判断を附加するほか原判快と同様の理由によつて控訴人の請求は失当として棄却すべきものと判断するので、原判決のその点の理由記載をここに引用する。

一、控訴人の当審提出、援用にかかる証拠によつても右判断を動かすに足りない。

二、控訴人は本件久六島についてはその後前記深浦出張所に管轄権を生じたから、本件仮登記は事実に符合する適法なものであり、従つてこれを抹消した前記登記官吏の処分を維持した被控訴人の本件却下処分は違法である旨主張し、右各処分後において深浦出張所に管轄権が生じたことは被控訴人の争わないところであるが、行政処分の取消又は変更を求める訴において当該行政処分の当否を判断するについて裁判所は一般に処分時を基準とすべきもので処分後の事情はこれを斟酌すべきものではないから、その後において深浦出張所に管轄権を生じたとしても、これによつて右各処分が遡つて違法となるわけのものではない。右主張は採用できない。

三、更に控訴人は本件抹消登記処分及び却下処分は、前記登記官吏及び被控訴人が本件久六島につき深浦出張所にやがて管轄権の生じることを知りながら、控訴人より控訴人が先占取得した久六島を奪わんとする国の不当な権力におもねつてこれを行つたものでその点で職権の濫用の違法を犯したものである趣旨の主張をするけれども、成立に争のない甲第七号証の一ないし三をもつてしてもこの点を首肯せしめるに足りないし、他には右主張を維持すべき証拠はない。右主張も採用できない。

第二、控訴人の抹消登記の無効確認を求める請求についての判断(本件口頭弁論の経過に徴すれば、控訴人はこの点につき従前原審で抹消登記の抹消登記手続を求めていたが(旧請求)当審で被控訴人の異議なくこれを右無効確認請求に交換変更(訴の交換的変更)したものと認められるので、右旧請求については判断しない)。

前記登記官吏の本件仮登記抹消登記処分になんら違法の点がないことは前認定のとおりであるとするなら、控訴人が該処分の違法を前提としては同処分による右抹消登記の無効を主張し得なことは明らかである。控訴人は本件久六島は無主物であつたものを控訴人が先占によりその所有権を取得したといい、それを前提として実体関係に符合しない右抹消登記の無効を主張するようであるが、仮に久六島がかつて無主物であつたとしても不動産であるからには国庫の所有に属すべきもので、先占により控訴人の所有となるいわれはないし、他に控訴人が久六島の所有権を取得したことを認めるべき証拠もないから、所有権を前提とする右主張も採用できない。

以上の次第で控訴人の異議申立却下処分の請求は失当であつて、これを排斥した原判決は相当であり、本件控訴はその理由がなく、また控訴人の抹消登記無効確認の請求も失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第三八四条、 第九五条、 第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 上野正秋 兼築義春)

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